助けたい、より、広めたい

facebookグループでのピアノ指導者の研究会主催のピアノ指導者のピアノ弾きあい会が6月15日横浜のイギリス館でありました。私はリアルのこうした会は初めて。今年はコロナで参加人数が少ないとのことでしたが、なんとなく行ってみたくなり、「行きまーす」と手を挙げました。

ほぼ初対面の先生方の前でピアノを弾いた経験は、とても新鮮な気持ちでした。少し緊張もしましたが、参加の皆さんからコメントを頂き、本当に嬉しかった。

帰ってきて、私もピアノを弾いて50年になるなあ・・・と考えていたところ、こんな考えにたどり着きました。
私がこれだけの間長くピアノに親しんできたのは、家の環境のおかげかもしれない。私は自分のピアノ教室で、保護者のつくる環境はとても大事だと思ってきたからです。ピアノを弾ける環境は子ども一人では作れません。

私は小4の時、一回だけ「ピアノをやめたい」と母に言ったことがありました。なのに、母は「私がピアノの先生なのに、その子どもがピアノをやめられるわけないでしょ」と一喝されたなあ・・・思えばあれも良かったことかもしれない。

私がピアノを50年も続けて来られたのは、家の環境すなわち、母のおかげ。そう思ったら、それまで、私が母にもっていた「苦手意識」や「力んでいた気持ち」が消えていきました。

私は、ある日からマーケティングのメールマガジンを読んでいました。そこには、「あなたのその仕事を終わりにしたら、何が残りますか?」と書いてありました。

ピアノ教室を終えたら?私は何を残したいのだろう?

まさか、まだ私はピアノ教室をやめないし…。と思っていましたが、その問いかけはずっと消えずにいました。そして、私の頭の中で、もしかしてラポールかもしれない…と思うようになっていったのです。

ラポールを残すにはどうしたらいいのだろう?

すると、私の作ったピアノテキストのことを思い出しました。そうか、楽器店セミナーで、私のラポールを伝える場ができる。と思い出したのです。

とりあえず、意思表示だけしておこう。

と、出版社に連絡しました。ずっと考えていたわけでも、決心したわけでもありません。

今までは「私には人望がない」とか「やっても人があつまるかわからない」「自信がない」と思っていて、出来なかったのです。

そんな気持ちに変わったのは、今の私を創ってくれた環境は母だったと知ったからです。そして、私の中の「私には価値がない・能力がない」が消えたのです。

自分はもう幸せなのだから、誰かを助けなくても大丈夫、だれかの役に立つ「必要」もない。

自分の人間関係を変えてくれた「ラポール」を広めていきたい。賽(さい)は投げられました。私の新たな活動が始まります。

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