優等生としてほめられる人生から対等な関係へ

先日、私自身がNLPコーチングを受けました。

小学校に上がって今年2年生になった子どもたちが、1年生の頃と違って宿題をすぐに取り掛からなくなったことに気になっていたことを相談。

子どもたちが私といる時に、疲れて寝てしまう状況になることが幾度もありました。最近は夫がテレワークをしているので、寝かせてたと知った夫が「寝かせちゃだめじゃないか」と言うのです。それを言われると、私は「だって…これこれこうだから」と言うのですが、何か言い訳を言っているみたいな気持ちになって、口ごもってしまい、その後の言葉を飲み込んでいました。そしてその後なんとも言えない気持ちになるのです。

今回のコーチングのテーマは、子どもの相談、のつもりでした。しかし原因は、私が夫に対しての態度に問題があると、自分でもわかっていたのです。

コーチングを受ける中で、私が言い訳と思っていたのは、こうした理由がありました。

私は15年ぐらい前に、自分のやりたいこと(ピアノ教室)ができないのは全部、自分の環境のせい、夫のせいだと思っていたことがあったのです。そうした気持ちが爆発して、言ってみたものの、気が付いたのは、夫への依存でした。
それに気づいて私は自分に誓ったのです。

「私がいつまでも人のせいにしていたら、自分のやりたいことはできない。自分に言い訳をするのはやめよう」

コーチが、私に「言い訳をするとどうなるの?」と聞かれたので、「言い訳をすると相手に盾つくことになる」と答えたのです。

「言い訳をすると、どうして盾つくことになるの?」と言われた時、さきほどの「言い訳をしない選択をする私」の話を思い出し、お話しました。

子どもが私という存在に甘えて、寝てしまう。という現実。私が子どもたちを完全にコントロールすることはできない。コントロールできないことにたいして、夫に申し訳なさを感じてしまう。

申し訳なさを感じてしまうのはなぜ?というと、やはり、夫婦という関係性ではなく、私が夫を対等ではなく「親」としてとらえてしまっている。それは、私の生き方の癖で、いい子でいよう、と思うことが多かったせい。

私が母の下(もと)でいい子でいようと思っていた頃、学生の時は少し勉強をすればいくらでも優等生になれました。就職する時も、そうでした。
しかし実際に会社に入ったらやはりそこは競争で、優等生になるのは難しかった。結婚しても、優等生でありつづけることはできず、長い間妊娠できなかったことは「優等生にならなければいけない」と思っていた私にとって、つらく苦しいものでした。

子どもたちが生まれ、夫婦の関係性が少しずつ変わり、夫が「父親」になってからは、その「いい子であろう」とする癖が夫にスライドしていました。

夫のことを夫として見るよりも、子どもたちの父親であることに意識が向いていました。そのくらい、夫の「父親の役割」は私の中で評価できるものだったのです。

ところが夫の「父親」役に、いい子な私でいようとする癖が出てしまったようです。

私が夫にたいして、子どもたちを完全にはコントロールできないことに「申し訳ない。」と感じていたのがわかったからです。

申し訳ないと思うから、「言い訳をするのは、盾つくのと同じ」だったのです。

そこでコーチから「それは言い訳じゃない。自分の気持ちじゃない?」という提案があり、なるほど、と思いました。

いい子でいようとせず、気持ちを伝える。そうすれば、対等になれる。

生き方の癖、というのは、気づきにくいです。考え方は見えないので。

NLPのコーチングでは、見えない自分の癖や考え方に、多角的に視点を置くことができるようになるのが、面白いなーと思っています。

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